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音楽に触れるための主たる手段が配信になりつつある現在、一方ではアナログ盤などの需要も高まっている。いわば音楽生活のあり方の二極化が進んでいるのだ。それは“アルバム”という作品形態の持つ意味合いの捉え方についても当て嵌まることだろう。単なる楽曲の集合体としか捉えていない人たちもいれば、それをひとつの宇宙のように見ている人たちもいるに違いない。確かに後者のような解釈は少しばかり大袈裟かもしれない。だが、アルバムという単位だからこそ起こり得る化学反応、ある種のマジックのようなものを感じたことのあるリスナーは少なくないはずだし、音楽の作り手たち自身は何よりもそこに楽しみや喜びを見出しているのではないだろうか。

アルバムを成立させるためには何よりも充分な数の楽曲が必要だが、曲数以上に、どんな楽曲がどんな状態で並べられることになるかが重要だろう。しかも、いかなる達人や天才であろうと一度にアルバムの全曲を完成させることは不可能だ。それらの楽曲たちの誕生には少なからず時期、背景、作り手自身の状況や感情の違いが反映されることになり、複数の作曲者がいる場合にはそれがいっそう多様になってくる。その意味で、ひとつひとつの楽曲やそれに伴う歌詞というのは「その人が、その時だからこそ作り得たもの」ということになるし、そうした楽曲たちにより構成されたアルバムは、いわばその制作期間のドキュメンタリーでもあるのだと思う。

前置きが長くなったが、『Sparkle X』もまさに2024年だからこそ生まれ得た作品であり、そこに至るまでの経緯があったからこその部分を持ち合わせている。もちろんそれはこのアルバムのみに限った話ではないし、どんなアーティストの作品についても当て嵌まることではあるが、THE YELLOW MONKEYのディスコグラフィの中でもことにそうした性質が強いのがこの作品であるように思えてならない。しかも作品というパズルの枠内に並ぶピースの噛み合い方が見事であるばかりではなく、そこに何かを足したり引いたりすることで深みや広がりが生まれたり、配置を変えることにより違った何かが見えてきたりする面白さを持ち合わせているのだ。

このアルバムが世に出たのは2024年5月29日のことだった。初めて聴いた瞬間から“らしさ”と“新しさ”の両方を感じられ、なおかつその地点に至るまでの道程やそこでの心境変化といったものが歌詞の端々から伝わってくるこの作品を、僕はすぐさま「今だからこそ生まれ得た名盤！」と絶賛したくなったものだし、実際、いわゆる超大作のような圧倒的スケール感やある種の威圧感とは無縁ながら、余計なものも足りないものもなく、各曲が機能的に噛み合ったコンパクトな名盤だと受け止めていた。

そして、だからこそ昨年10月、『Sparkle X -Complete Box-』に触れた際に受けた衝撃は小さなものではなかった。そのボックスセットには『Sparkle X』とは切り離せない関係にある4月27日の東京ドーム公演の模様が収録されたBlu-rayの他に、『Sparkle X -Complete Edition-』と題されたCDが収められている。つまりこのアルバムの“完全版”ということだ。具体的にはそこにオープニングSEである「考える煙」と、吉井和哉の作詞、菊地英昭の作曲による「Kozu」という未発表曲が加えられ、なおかつ「ホテルニュートリノ」が新たなミックスによる音源に差し替えられ、この作品の終着点であったはずの「復活の日」のあとに「DANDAN」と「未来はみないで」がリマスターを経て追加収録されているのだ。その2曲についてはどこかボーナス・トラック的な感触でもあり、このアルバムに至るまでの過程を改めて伝える“あとがき”のような趣でもあったが、作品自体の幕開けが変わったことで「SHINE ON」の聴こえ方に明らかな差異が生まれていたし、後半に「Kozu」が挿入されたことにより、物語全体に明らかに深みが増していた。そもそも『Sparkle X』というアルバムには何ひとつ過不足を感じていなかったが、ほんの少しパズルのピースを増やして組み替えただけでこんなことが起きるものなのか、という驚きがそこにはあった。

しかもこの豪華ボックスセットには、THE YELLOW MONKEYのオフィシャルFCであるBELIEVER.会員限定特典として『Sparkle X -Prototype-』なるもう1枚のCDが同梱されている。盤面にもケースの裏側にも?の文字が記されたなんとも怪しいディスクである。プロトタイプと銘打たれているだけに、それがアルバム制作の初期段階における音源であることは想像できたが、そこに収録されている全6曲を聴いて、僕はふたたび衝撃をおぼえた。購入者以外には聴くことができない秘密の音源であるだけに、過度に具体的なことは書かずにおきたいのだが、このディスクはリスナーに「レアなものを聴けた！」という喜び以上のものを確実にもたらすはずのものだといえる。

そこに収められているのはプリプロダクションの過程に入る以前のデモや、楽曲の基盤となる骨格だけの状態にある音源などだ。菊地英昭の作曲による「Kozu」と「Make Over」には彼自身によるガイド・ヴォーカルが載せられていて、それを踏まえながら吉井和哉が歌唱にあたったことを想像するだけで、部外者侵入不可の領域を覗き見することを許されたかのような興奮をおぼえてしまう。また、吉井の作である「罠」には彼自身による仮歌ではなく、ギターの単音による歌メロが載せられていたりもする。その理由が、アルバム制作の初期段階における彼自身の喉のコンディションにあることは言うまでもない。ここに並ぶ6つのトラックには、そうやってリスナーに想像力を働かせることを求めるような力と、『Sparkle X』という新たな名盤が生まれ得た理由が詰まっているのだ。

誤解を恐れずに言えば、ボックスセットやリイシュー盤などに追加収録されている貴重音源の類には、これまで世に出ずにいたレアな音源ではあっても発見の伴わないもの、音質や演奏の状態が正規リリースに値しないと言わざるを得ないものも少なくない。しかしこのプロトタイプは、各楽曲の根底に何があったかばかりではなく、それらがプリプロダクションやレコ―ディングの過程においていかに大きな進化を遂げたかを伝えてくれる。実際、初期段階から各曲に触れている一部の身近な関係者たちは、常にそうした変貌ぶりに驚かされているらしく、それもこうした音源が公開される一因となったようだ。なにしろ『Sparkle X』の完成に至るまでのプロセスにおけるさまざまな局面での音源を、段階を踏まえながらリリースしていく計画まであったというのだから、アルバムが完成に至るまでの過程がいかに刺激に満ちたものだったかがうかがえる。きっと、我々には想像しきれないようなマジックの連続が繰り広げられていたに違いない。

そして重要なのは、THE YELLOW MONKEYがアルバム発売からわずか数ヵ月のうちにコンプリート盤のみならずプロトタイプまで公開したことだろう。そうした行為は、時と場合によっては、完成されたアルバムの世界を壊すこと、作品そのものを否定することにも繋がり兼ねないはずだ。しかし彼らがこうして『Sparkle X』にまつわるすべてを公にすることにしたのは、彼らの音楽を信じている人たちに何ひとつ隠しごとをしたくなかったからだろうし、すべてを明かすことによってこのアルバムの世界がいっそう味わい深いものになるはずだということを他の誰よりも彼ら4人が確信していたからだろう。YouTubeを通じ、アルバムの全収録曲について自ら詳しく語ってみせた理由も、きっとそこにあるに違いない。

もうひとつ忘れてはならないのは、現在にいちばん近い状態での彼らのたたずまいが収められた『Sparkle X』というアルバムも、すでに過去のものであるということだろう。過去を書き換えることは不可能だが、前に進み続けることで過去の意味を変えることは可能なはずだし、復活の日を超え、未来へと歩みを進めている実感があるからこそ、彼らはこうしてリアルすぎるほどの音源を公開するに至ったのだと僕は捉えているし、改めてアルバムという作品形態の面白さ、奥深さを感じている。だからこそ、この貴重音源をひとりでも多くの人に聴いてみて欲しい。できることなら、彼らが“次”の何かを提示する前に。

増田勇一